情報共有と現場改善で結果を変えた老舗料亭の変革ーシリーズ・カウンセリングの現場から

歴史のある地方の城下町で、百年続いた老舗の割烹料亭がありました。社内のまとまりがなく、業績の上がらないその古い料亭には、設備の不備や使いづらさがありました。この現場の問題を、資金を使わずに皆で知恵を出し合い協力して改善していった事例です。
導線の悪い施設
法人や家族行事等の宴会を中心に営業を続け、ここ数年は婚礼にも力を入れていて、新しい披露宴会場も数年前には新設。しかし思ったようには数字は伸びていないようでした。歴史があり、料理の評判も良く、地元での知名度も高い。しかも、新しい披露宴会場もあるのに結婚式の組数は伸びず、以前から営業している宴会の売上も横ばいの状況でした。Y社長はそんな現状に直面して、どこに原因があるのか、はっきりとつかめないで焦っていました。
依頼を受けて早速、宴会施行の現場に入りました。歴史を感じる建物で、地元のお客様になくてはならない割烹料亭としての存在価値が感じられました。しかし、長い歴史の間に建て増しを繰り返したため、通路が迷路のようになっていました。サービスの導線も悪く、とても不便な設備でした。
立地は、古くからの飲食街に位置して周りの道路も狭く、料亭前の駐車場には5,6台しか車を停められません。離れた場所に大きな駐車場を確保していましたが、地元のお客様は、わざわざ車を離れた場所に置くことを面倒がっているようでした。
まとまりのない社員達
社内には、パート・アルバイトさん含め約40人の従業員が在籍していました。なかでも厨房には、調理長を中心に5人の調理人が働いていました(割烹旅館として料理には力を入れている、と社長も力説していました。あとは営業、フロント、事務、そしてサービス担当の仲居さんとバンケットスタッフという布陣です。社内は特に問題を起こすような人はいませんでした。それは社長が老舗の料亭らしく仕事に対する基本姿勢に厳しいことや、社長夫人の女将さんが、社長と同じように社員の躾にしっかりと対応していたからでした。
ですから、社員は皆、自分の職務を忠実にこなしていましたが、自分の仕事さえ着実ならばいい、というような風潮がありました。結果として創意工夫もなく、社員同士のまとまりもない状態だったのです。
情報が流れない
人間が構成する組織で、情報の共有は大変重要なことです。しかし、各部門間の意志疎通に関して、社長も女将もあまり意識していませんでした。老舗の会社によくある状態です。つまり、仕事は長年の慣れ親しんだやり方で進めるので、問題が起きることが少ない。問題が起きた時には、女将がその部門に直接注意や指導をするというやり方でした。
しかし、情報が社内に流れないと、現場は全体観が分からなくなり、セクショナリズムが強くなっていきます。現場では「これくらいは言わなくても分かる・・だろう」とか「いった・・はずだ」「聞いて・・いない」等というような言葉が生じてきます。どのような現場でもよくあることではありますが、実は、こういった言葉は会社の変化のための「大切なキーワード」であることが多いのです。ところが、老舗の店ではベテランの社員達が何とか解決できてしまうので、ことさら問題が表面化しないのです。
顔を合わせたミーティング(朝礼)を始める~情報の共有
社長に情報の共有の大切さを訴え、社長も納得して、先ずは初歩的な取り組みとして朝礼を始めることになりました。それまでは、各部門で出勤時間がバラバラであることを理由に、朝礼は行っていませんでした。最初、社長はその理由で朝礼の実施は難しいといいました。そこで、時間をずらして行う三部門(営業関係、厨房、サービス担当)それぞれの朝礼に社長が出向くことを提案しました。
始め社長は、自分が動くことに戸惑ったようです。また、朝礼は全員で行うものという固定観念が邪魔をしていました。朝礼では、毎日、社員の誰かを褒めることを社長が必ずやることとし、実践して頂きました。
毎日、各部門に顔を出して全員と会うという単純な行動を通し、社長は社員との距離感が縮まることを徐々に実感していきました。また、以前は社員にとって、社長がたまに現場に来る時は、問題が起きて対応しなければならない時でした。いまでは毎日朝礼に出席し、会社の状況を教えてもらえるだけでなく、褒められることもあるので、スタッフも朝礼が楽しみになっていきました。
更に朝礼で仕事の問題、伝達事項等が毎日確認できるので、他の部門のことも分かり、会社全体でお客様をお迎えしていることを実感できてきました。その結果、社員同士が以前よりも助け合うようになり、社内がだんだんと明るく元気になっていったのです。初歩的な一歩でしたが、意外に大きな効果が出てきていました。
現場の対応力強化
現場のお客様対応サービスなどを変えていくには、新しい方法をすぐに行わせるのではなく、社員の意識が変わることが大切になります。そのためにも、繰り返し定期的な反省会(現場改善の会議)を開いて現状の問題と社員の考え方を確認しました。
その中では、多くの問題が出てきました。皆で解決策を考えようと提案したものの、最初は、発言するのがベテランといわれる社員達だけでした。しかも、その発言の多くは「現状のやり方を変えるのは、設備上難しい」というような言い訳がましく、後ろ向きな意見ばかりでした。
若い社員達から「宴会場への通路が暗くて狭い。お客様を案内している途中に「どこまで行くんだ。まだ先か、もっといい部屋はないのか?といわれた」「店の前の駐車場に停められなかったお客様から『ここは駐車場がないのか!』と苦情をいわれた」などの話が出ました。すると、ベテラン達は口を揃えて「現実に通路は狭くて長い。駐車場も狭いのだからしょうがない。通路は直らないし、駐車場も広くはならない。お客様に我慢して頂くしかないよ」という意見が大半でした。
確かにベテラン社員の言う通りです。しかし、そのままでは何も変わらないし、若い社員達もやる気を無くしてしまいます。
設備が改善できなくても、自分達の対応を工夫することで、お客様の受け止め方は変わります。そのような前向きな考え方や行動が、本当のお客様の求めるサービスである、と教えることにしました。
事実に対する捉え方を変える提案
「設備はすぐには変えられません。でも対応の仕方で、お客様の反応を変えられます。まず通路の件ですが、人間には『体感時間』というものがあります。同じ一時間でも、楽しい時間はアッという間に過ぎ、つまらない時間は長く感じるものです。宴会場への案内の時間を楽しくすればいいのです。例えば、通路の壁に写真や絵を飾り、花を活けましょう。そして案内の時、お客様と会話をするのです。『この写真は〇〇です」とか「この絵はが描いたものです』『この花は女将が活けました』とか説明しながら案内すると、お客様は通路の長さが気にならなくなります。
駐車場も同じです。お客様はなぜ駐車場がないというのか。それはお客様が自分で車を店の前に停められなかったからです。遠い駐車場を教えても同じことです。発想を変えるのです。お客様の車を預かって、私達が遠い駐車場に移動する体制にしましょう。お客様の来館時間に駐車場係を配備するのです。ある旅館のお話しですが、若手のスタッフに、陸上部出身の女性が居ました。彼女は駐車場誘導の際の提案として『全速力でお客様を駐車場までご誘導させてください!』と言ってくれました。周囲のスタッフは嘲笑気味でしたが、実はその後、その行動が話題となってメディアなどでも取り上げられ、それにつられるように中堅からベテランスタッフまでが駐車場まで全速力で案内する光景が見られるようになりました。始めから無理だと考えずに、どうすれば解決できるのか、と前向きの発想を心掛けていくのです。そのために皆で話し合うのです」
このような考え方を提案しました。始めはなかなか私のいう考え方になれませんでしたが、毎週の反省会でねばり強く指導を繰り返すことにより、発想が前向きになっていきました。
迷路のような通路は色々飾り付けを工夫すると「案内するのが楽しみです!」という声が社員から聞かれるようになりました。駐車場は車を預かるやり方に変更してから、預けるお客様ばかりではなく、離れた駐車場に自分で駐車したお客様からも苦情は聞こえなくなりました。中には実際に全速力で走ってご案内するスタッフの姿も見られました。社員達は皆「こちら側の対応する姿勢に、お客様が理解を示して下さった」と実感したのでした。
お客様の反応や自分達の体験を通して、社員達は設備の不備や使いづらさを言い訳にして、現状を変えようとしない考え方よりも、不便な環境をどのように乗り越えるかに挑戦する考え方に自分達の楽しみを見いだしていきました。そして、皆からどんどんと前向きな意見やサービスの提案が出る会社になっていきました。
目には見えない社内の活気は、実は目に見える結果に連動しています。宴会の他、強化してきた婚礼の受注も年々増えていく結果を生み出しました。
その後は、社長と女将を中心に歴史ある老舗割烹料亭としてサービスの充実と共に益々、地元のお客様に愛用されていく店になっていきました。
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