顧客の喜びでスタッフ自身の心と行動が変わっていく—カウンセリングの現場から

舞台となったそのホテルは地方都市にあり、宴会や婚礼組数が減っていて、毎年少しずつ売上が減少していました。ライバルは互助会系ウエディング式場と設備の新しい大手グループが運営するホテルでした。そのクライアント様のホテルの現場における指揮官は、経営者の社長や専務ではなく、都内有名ホテルでの経験を持つ総支配人でしたが、現状に対する打開策は打ち出せずにいました。
現状確認
まず、いままでの営業方法や社内のオペレーション、お客様への宴会や婚礼の内容や状況などを確認しました。
それによると、社内分業システムを実施していました。つまり、新規見込み客の対応を来店時にして、予約を受け、その後の打ち合わせをする「婚礼・宴会予約係」、結婚式や宴会サービスを担当する「バンケット係」、料理担当の「厨房」、そしてウエディングや七五三などの衣裳と写真はテナントとして協力店数社が業務を請け負っていました。これはホテルや宴会場でよくある体制で珍しくはありません。ではなぜ、その普通の体制でありながら組数が減少しているのでしょうか?
それは、実質的現場の運営トップである総支配人の考え方が重要なポイントでした。彼は以前にいたホテルでのやり方をそのまま取り入れて、今でも情報を入れながら様々なやり方を導入していました。総支配人は次のような考え方でした。
1、それぞれの専門家が担当して対応する方が仕事上ミスが少ない
2、外回りの営業は経費や時間のロスが多いので、来店の折にお客様へ魅力的な企画提案をして売上と利益を上げていく
3、その企画の内容はライバルの大手グループホテルより価格の安いものを考える
4、打ち合わせは少ない回数で効率を上げる
このような考えから、色々な企画を打ち出してきましたが、結果(数字)は思うようにはなっていない状況でした。
それでも、そのような考え方に疑いを持たず、宴会や婚礼の売上が減少していくのは、設備の老朽化やライバルの存在に原因があると考えていたからでした。(本質的原因はお客様との信頼関係ができていないことです)
現場のスタッフは総支配人の考え方に疑問を持たずにいました。特に「婚礼・宴会予約」のAさんという女性は予約係のなかでも特にプライドが高く、合理的な考え方をするベテランであり中心者でした。その彼女の考えはこのようなものでした。
「お客様ご自身の思い描いているご宴席と、実際のご宴席とはどうしても違いがあるが、それはどうしようもない。だから打ち合わせで細部を取り決めれば更にギャップが大きくなりクレームになる。従って、人数や料理、引き出物の数など最低限のことを丁寧に行い、例えば結婚式披露宴の進行は専門の外注した司会者などに任せること。もし私が決めたこと以外で披露宴での問題が起こったとしたならば、司会者と当日料飲サービスを担当するスタッフの責任である」
と考えて仕事をしていました。ところが、現実は披露宴の後に行う集金業務の時にお客様のクレームを聞くのはいつも彼女でした。それは次のようなクレームだったようです。
お客様:「Aさん、貴女と打ち合わせたような式と披露宴にはならなかったよ。話が違うじゃない」
と始まり、細かい指摘が続くのでした。その結果、値引きとなり、彼女は集金とは値引きのことだとさえ思っていました。しかし、その値引きの原因は自分の打ち合わせにはなく、当日サービスを担当した現場スタッフや外注の司会者の責任であると考えていましたから、お客様に色々いわれても、自分事として深く考えることもなく、値引き交渉に応じていました。総支配人も同じ考えで、こちらは「今回は値引きが少なくて良かった」などと、値引きの額に一喜一憂していました。
改善行動の提案と実践
お客様との信頼関係に重点を置かないこのやり方のままでは、売上の減少に歯止めがかかりませんから、信頼関係作りに重点を変えて進めることにしました。しかし、考え方がこのように固まっている総支配人やAさんでは、いくら説明してもなかなか考えを変えないものですから、Aさんに仕事の具体的進め方を変えるようにアドバイスをしました。つまり、考え方を変える前に行動を変えてもらったのです。
それはまず、
1、お客様との打ち合わせや情報のやり取りの回数を増やす(タッチポイントを増やす)
2、婚礼であれば個人宅へ、企業の宴会であればその会社へ、事前に一度は足を運ぶ
3、婚礼の進行打ち合わせは司会者に丸投げせず一緒に行う
4、宴席の当日、会場に入りお客様に挨拶をして、最後まで見届ける(お飲み物のフォロー等も行う)など本来、当たり前のことなのですが、この提案をするとAさんは反発してきました。
≪Aさんの言い分≫
「打ち合わせなどを数多くすれば、いま以上にお客様との細かい約束が増えて、ミスが増えるだけです」
「打ち合わせの回数は現状で間に合ってます。増やす分は何を打ち合わせるのか?」
「お客様の自宅や会社に行くというが、お客様にとっては迷惑で、かえって嫌がられるはずです」
「結婚式の進行打ち合わせはプロの司会者が行うのが当然でしょう」
「宴席の会場に入ってしまったら、その間は新規のお客様来店に対応できなくなる」
などと言い出しました。彼女の考え方からすれば当然の反応です。しかし、その言い分を認めてしまえば何も変わりません。また指導の意味を説明しても理解はしないので、ここでは半ば強制的に変えてもらいました。
「いままでのやり方を変えれば、思うような結果が仮に出なくても、今までと違う何かが変わります。とにかく指導通りに動いてください」と。
Aさんは自分がこれからもクレームの窓口にはなりたくないと思ったのでしょう。完全に納得はできず、渋々でしたがとりあえず指導通りに動き出しました。
起してはならない過失
Aさんは指導の後、自分が対応して予約を頂いていたあるお客様を手始めに打ち合わせの回数を増やし、何度か訪問活動もしていました。ですが、はたから見ても積極的ではなく、いわれたから仕方なく回数をこなしていると分かるようなやり方でした。
ある結婚式でAさんは会場に入り、ご両親に挨拶をして最後まで見ていて特に問題なく終わりました。ところが、実はAさん自身が大きなミスを犯していたのです。分かったのは披露宴の翌日、新郎の兄弟からかかった電話からでした。引き出物がお客様の選んだものとは全く別の物だったというのでした。電話に出たAさんは青くなりました。慌てて原因を調べると、発注をした時にAさん自身が同じ値段で違う品番号に書き間違えたことが分かり、更にショックを受けました。
お客様の反応で意識に変化
合理的に考えるAさんでも、さすがにどう対応していいか分からず、ただオロオロとするばかり。総支配人に報告すると「Aさんの責任でしょう、自分で処理してね」とまるで他人事。対応に迷っていると、今度はそのお客様ご当人から「支払いをしたいので、Aさんに請求書を持ってきてほしい」と連絡が入りました。彼女はお客様に怒られ、いつもにも増して、かなりの値引きを要求されると覚悟してお客様のもとに向かいました。
数時間の面談後、Aさんは泣きながら事務所に帰って来ました。そして次のように報告しました。
『今回のミスは取り返しがつかないことで、私はいままでの経験から、お客様はかなり怒っているし、引き出物の料金は頂けないだろうと思っていました。しかし、お客様の様子は予想とは全く逆だったのです。お客様は引き出物のことは『中身が違っていても問題ないよ、来た人はどんな引き出物なのかは知らないし』とおっしゃって・・・。『それよりもAさんには本当にお世話になったね。何回も夜遅くまで打ち合わせに付き合ってくれて、本当にご苦労様でした。披露宴では会場のなかで最後まで心配してくれて、Aさんが近くにいてくれたお陰で私達も安心して披露宴をすることができたよ』とまでいってくれました。
そして支払いをして頂いた時は『細かいお釣りは要らないよ。そして、これはいままでお世話になったお礼だよ』とご祝儀まで頂いたんです。こんなことは生まれて初めてです。それが嬉しくて・・・」と報告すると、また泣き出しました。
その後
このことがあって以来、Aさんは仕事において何か大切なことに気づいたようです。その後の仕事の進め方は、お客様との関係性をより積極的に深めるようになっていきました。仕事を通じてお客様と親しくなることが本当に嬉しそうでした。
後日「仕事にミスがあってはいけませんが、ミスやお客様との間のギャップがあることは避けられないでしょう。けれども、期待してはいけませんが、お客様との信頼関係が深ければミスがミスでなくなることがあります。それ以上に、お客様に信頼される自分になることが嬉しいです。いまの仕事の進め方は冷静に合理的に、お客様とのおつき合いは心で誠実に対応することにしてます」と、以前の合理的なAさんからは考えられない、明るく爽やかなAさんになりました。彼女の心は、お客様の温かい心に触れて変わったのでした。
それからは、Aさんを中心としてお客様に温かい接客対応が出来上がっていくにしたがい、そのホテルは宴会も婚礼も上昇していきました。余談ですが、Aさんの体験を「たまたま良いお客様で、偶然の出来事だ」といっていた総支配人は、数年後に退職していきました。
アンリミテッド創立者曰く
『人は業務命令や給与で動くのではない、感動で動くのです。感動が多いほど、より一生懸命に動きたくなる。』
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