社内の一体感と幹部の成長を現実化した事例—カウンセリングの現場から

支店や拠点が広範囲に散らばっていれば、トップはそれらを回るだけでも時間を要し、なかなか意思の疎通や価値観の統一ができないものです。そんな状況で社員一人ひとりとコミュニケーションを取り、経営理念や社長の考え方を役員と社員に伝えるにはどのようにすれば良いのでしょうか?
和洋菓子を自社工場で製造し、直営十数店の店舗と他の会社への卸を手がけ、老舗料亭とフレンチ・レストラン2店舗も経営している社長から、社員との意思疎通と信頼をより高め、幹部との連携もレベルアップしたいとのご相談がありました。その社長は責任感が強く、人柄も大変素晴らしい方です。ご相談の具体的な内容とは、一つ目が4人の幹部役員が自分と同じような価値観と責任感をもって行動して欲しいと望んでいることでした。もちろん4人の幹部がダメという意味ではなく、社長自身の力量が課題と認識する上で、一緒に考え一体感をもって活躍して欲しいという意味です。
もう一つは、社員とのコミュニケーションをもっと良くしたいとお考えでした。他県にまで広がる店舗にはテナントと路面店があり、社員達は働いている場所も、勤務体制も異なります。もちろんレストランや製造工場などは仕事内容が違うため、150人の社員全員が揃って顔を合わせるのは年1回の経営計画発表会だけでした。(この発表会の時は全店舗を休業していました)そのような体制の中で部門長の会議を行っていましたが、社長は全社員とコミュニケーションをもっと取りたいと願っていました。全社員が毎日元気で前向きに仕事をすれば、仕事の結果や待遇を良く変えられる。そのためには会社の状況や社長の考え方や経営理念を伝えて、社員一人ひとりが目的観をもって取り組めるようにしたいと考えていました。
その社長からは「自分から各店舗や工場に出向き、店長や社員を激励し話をしたいが店舗同士が離れていてなかなか思うように訪問できない。社長としての仕事も抱えていて時間がなかなか取れないのです」と相談されました。
〔Ⅰ〕社長が社員を支える組織に
カウンセリングの時に、次のようにお話ししました。
「組織は人間の集まり、集合体ですから、理念の浸透は人数が多くても少なくても、また、昔も今も大切なことですし、社員との信頼関係強化も、社長であれば誰でも考えていることでしょう。ところで、組織図は普通、組織の代表者を頂点としたピラミッド型に作ってありますが、本質的には逆ピラミッド型が本来の形なのです。つまり社長が社員全員を支えているという考え方です。言葉を換えれば、社長といっても社員の一人であり、組織を構成している一人ひとりからの信任を受けて社長という役割を務めていると認識することがまずもって大切です。そのような考え方、捉え方をする社長を社員は信頼し、その社長の考え方を大事にするのではないでしょうか。社員が社長を信頼すれば、社長の考え方を理解したくもなります。少なくとも理論上はそうだと思いませんか?」
社長は「私もそう考えています。しかし、その考え方をどう実践すればよいのか、具体的なやり方が分かりません・・・」とのことでした。
具体的実践①ー社長自身の行動をオープンに
社員のそれぞれの現場拠点が離れている組織で社員と社長の関係性を強化するために簡単で効果があるのは、各社員の行動を報告させるのではなく、社長の行動をオープンにすることです。具体的には、社長の1週間の行動予定を細かく書き出して、社長の携帯電話の番号を緊急連絡先として付記して各拠点に毎週月曜日にメールしてもらいました。これを見た社員は、現場で何かあれば社長がいつでも、どこにいても駆けつけてくれるという意味があることを知り、仕事に対する安心感が生まれます。更に社長が仕事以外に、例えばゴルフの予定などもオープンにして現場に知らせる行為により、社員一人ひとりを身近に考えて、自分達のことを信頼してくれていると感じます。
社長が自分達を信頼してくれていると感じたならば、社員達はその信頼に応えるのに抵抗がなくなります。そして遠く離れた各拠点において、与えられた仕事に自主的に一段と前向きに取り組むことができるようになります。ただし、毎週のメールは一定期間継続しなければなりません。1、2ヵ月で止めてしまっては効果がないのです。
具体的実践②ー社内の状況確認を深める
また、部門長会議の議題に必ず入れる項目として、
① 部門内の社員で元気がない、悩んでいる、落ち込んでいる社員はいないか?
いたならばその理由は何か?部門長はその社員にどのような対応をしたのか?
② 社長が会社の理念を話して、各部門長とその意味を確認すること。
この2項目を会議の中の業務面に関する議題の後に必ず確認することをお伝えしました。社長は常に社員を気づかっていると幹部は理解します。すると必然的に、幹部が現場社員の毎日の状況を細かく確認するようなり、対話が増えていきます。その対話の中で社長の考え方や会社の理念なども話題となり、具体的実践の裏付けも少しずつ着実に広がるのです。社員と身近になった部門長も責任感が強まり、幹部と社長の関係も強化されていきます。
〔Ⅱ〕幹部役員の成長
幹部役員の成長については、社長との価値観の共有とその強化を図ることにしました。目的は、現場での役員の様々な判断と決断と指示が、社長と同じものになることです。それぞれの役員と社長の価値観が違っていたならば、社長の考えが現場に正確に伝わらず、現場は混乱してしまいます。
具体的実践①ー報告・連絡・相談・確認・再確認
役員の方々には社長に毎日している報告の内容を変えていただきました。それぞれが営業部門や製造部門などの責任者として持ち場があり、勤務地もバラバラで、社長に会うのも週一回月曜日の役員ミーティングだけでした。そこで、役員の方々に毎朝30分早く本社に出勤していただいて、社長と懇談する機会を作りました。
話す内容は次のようにアドバイスしました。自分の部門であった前日の出来事をできるだけ詳しく報告することです。「これは報告して、あとは自分で対処すればいい」「あれは大事なことではないから報告しないで自分の範囲で解決しよう」などと、自分で勝手に決めずに全部を社長に報告してもらいました。なぜならば、社長にとっては会社で起きていることは全て大事だからです。本来は、全て社長の価値観で判断して優先順位や判断、指示が示されるべきものです。部門を預かる自分の責任で対処しようとする気持ちは大切ですが、問題への対処の判断と指示が社長と同じ角度(価値観)で行われているかどうかが重要なのです。
価値観の一致を強化するには、社長の価値観を常に確認することです。そのために毎日社長に報告して、社長の考えや判断を確認して、自分の考えや判断との一致点と相違点を確かめていくのです。その連続で社長の価値観により近づいていきます。それは各部門の責任者、現場での社長の代行者となる役員にはとても大事なことなのです。
具体的実践②ー社長の現場確認と再確認
次に社長には役員からの報告の受け方や、確認のやり方を少し変えていただきました。報告や指示の後の確認をそれまでより詳しく、再確認までしていただきました。具体的事例をあげると次のようになります。
役員:昨日は課長と個人面談をしました。元気でした。
社長:どのような話をどこで、どのくらいの時間?
役員:社員のことを会議室で約30分です。
社長:社員に何か問題があるの?
役員:いえ、特別な問題はありません。
社長:課長はどう思っているの?
役員:社員を大事にして頑張っています。
社長:課長の課題は何ですか?
このように質問と確認をくどいと思われるくらいしていただきました。このやり方なら、社長が現場に対していつも真剣で、現場の情報を大事にしていることを役員に示し、社長の問題意識を役員も共有することになります。また役員は社長にいつも正しい情報を提供しなければならないと、力を入れて取り組みます。そして、月に一度は社長と役員の食事会(ランチ・ミーティング)をしていただきました。このようなミーティングや役員間の懇親を深めるやり方を続けたことにより、社長と役員との考え方や価値観が一致するようになっていきました。
その後、社長と役員の関係は更に強くなり、現場の社員には社長の考えや人間性が徐々に浸透していきました。組織の連係ミスも少なくなったり、不思議なことにクレームやミスが減っていきました。結果として売上も順調に上がっていきました。
まとめ
働く現場はバラバラでも、社長が「各現場に対する情報の発信」「会議の内容の変化」「役員との接点強化」「報告・連絡・相談・確認・再確認」という基本的なことを人間中心主義の考え方をベースに実践し、継続すれば社長を中心とした一体感を強化することになります。また役員や部門長など幹部は社長の価値観を十分に理解し自分のものとするようになり、現場での判断、決断、指示などが社長と同じになっていくのです。
アンリミフィロソフィー創立者曰く
一切の組織体は、有形のものとなった姿、もしくは有形のものとならないものを含めて、『信頼』という一点で出来上がっているのです。
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